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2008-06-10 Tue 13:47 |
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執務室の扉が開いて、真珠をどっさり縫いとめたドレスを光り輝かせながら、王妃がずんずんとはいってきたので、エイリーク王女は眼を丸くした。「ラーチェル?」
「エイリーク、お仕事は終わりまして?」 「え、ええ、片付けておかなければならない分は一応......でも」まだ時間がありますから、もう少し、とは続けさせてもらえなかった。 王妃様は妹姫の手をがっちり握った。「さ、それでは行きますわよ」 「どこに......」 「あなたのお部屋のお風呂ですわ」 「お、おふろ?」 王妃様はすでに歩き出していた。「今日はわたくしの庭の、薔薇のつぼみを少しまびきましたのよ。だから、お風呂なのですわ」 エイリークはしばらく考えて、たぶんその薔薇のつぼみを風呂に浮かべて一緒にはいろう、というお誘いなのだろうと解釈した。「でも、あのう......せっかくですから、ラーチェルのお風呂に薔薇を入れた方が......兄上も喜ぶでしょうし......」 「いいえっ! このあと、あなたに頼みごとがあるのですわ。あなたのお部屋でなければいけませんの」 「頼み、ですか?」 わけがわからないままに、そのまま浴室に連行され、てきぱきとドレスを脱がされ、すでに湯が見えないほど、赤や桃色の花で埋めつくされた湯船に押しこまれてしまう。 何度も一緒に湯浴みしているとはいえ、やはり気恥ずかしいエイリークは、浮いた花びらで身体が隠れることにほっとしつつ、やや手遅れぎみながらも、長い髪をたくしあげ、タオルで頭にまとめ始めた。 いつも通りどこも隠さずに、出産後にはさらに豊満になったご自慢の胸をことさらに突き出して、堂々とはいってこられた王妃様は、妹姫に続いて嬉しそうに薔薇風呂に飛びこみ、はーっと天井をあおぐ。「やはり、こちらのお風呂はいいですわねえ」 エイリークはほんのりと上気しながら微笑む。「ラーチェルのお風呂の方が広いですのに」 若草色の髪を揺らし、王妃が振り向く。「ここには、あなたがいますもの。お喋りしながら、ゆっくりくつろげますわ」 空色の王女は少し頬を染めて言う。「でも、あの、あちらには兄上が」 ラーチェルはほほほ、と笑った。「あの人といっしょにお風呂にはいったら、全然くつろげませんわ。汗をかいて疲れるばっかり。まったく、ケダモノですわね」 エイリークは真っ赤になった。「あ、あ、そ......」ここで王妃様が、白い肌のあちこちに桃色の花弁をはりつかせて、ざばっと立ち上がったものだから、王女は眼をそらすひまもなく、あうあうと口を動かして、そのなまめかしい裸身を凝視してしまった。 ラーチェルはまったく無頓着に、ざばざばと大股で湯の中を歩いてくると、エイリークの眼の前で立ち止まり、再び、湯に身体を沈めた。「ですけれどね」王妃様は声をひそめた。「最近のあの人は前よりもおとなしいんですのよ」 「は、はあ」エイリークはいよいよ赤くなってラーチェルの顔を上目遣いに見る。 「結婚したばかりのころは、もっとケダモノでしたわ。それはもう、ひと晩中、朝も起きるのが辛いくらい」 「......」 「それなのに、いまはそれほどでもなくなったのですわ! 毎朝、普通に起きられるのですわ!」 ということは、ゼトは......エイリークは深く考えないことにした。そんな、ゼトがケダモノなんて! ラーチェル様は大真面目だった。「まるで、わたくしの魅力がなくなったみたいではありませんの! 許せませんわ!!」 「そ、そんな、ラーチェルはとてもすてきです」いまだって、白い胸がたぷんたぷんと湯の上ではねて、薔薇の花びらではない薄紅色が見えるたびに、どきどきしてしまうのに。 「でしょう! わたくしもそう思うのですわ!!」王妃様の自信は絶対だった。「ですから、今度の結婚記念日の夜、わたくしたちの初めての夜を思い出させてあげようと決めましたのよ」ラーチェルはこぶしを震わせた。「うんと魅力的な夜着で悩殺して、そして、ひと晩、おあずけを食わせてあげますわ!!」 「おあずけ?」......なんのために? 「それで、ロストンからどっさり最新の夜着を取り寄せたのですけれど」ラーチェルはここで困った顔になった。「自分で着てみても、どれがいちばんいいのやら、よくわからないのですわ。どれもこれも、わたくしに似合うんですのよ」王妃様の自信はまったくもって絶対なのであった。「それで、あなたに頼みごとなんですの」 「まあ、なんでしょう」心の優しい王女は頼みごとと言われると、真剣に王妃の顔を見つめた。 「あなたが試着してみてくださいな」 「えっ?」 ラーチェルは大真面目だった。「自分で着て、鏡に映すだけでは、わからないのですわ。背中の方は、合わせ鏡でもよく見えませんしね。ですから、あなたに着てもらって、どう見えるのか、たしかめたいのですわ。よろしくて?」 「え、ええ......」まあ、そのくらいなら、とエイリークはうなずいた。本当に、ラーチェルはいろいろなことを思いつきますのね、と感心してしまう。 仲良く身体を洗って、ついでに髪も洗って寝室に戻ったふたりは、さっそく着せ替えごっこを始めた。 「一応、いちばん似合いそうなのを3着ほど持ってきましたのよ」 これですわ、と手渡された薄衣を、全裸の素肌を隠したい一心で、慌ててまとったエイリークは、鏡に映った自分の姿を見て、失神しそうになった。 「ラ、ラーチェルッ! は、早く、上に着るものをください!」こんな、こんな、全部レースの、何も隠れないどころか、むしろ隠したい部分の糸が特に細くて、裸でいるより強調される、恥ずかしい夜着があるなんて! 王妃はあっけらかんとしていた。「何を言ってるんですのよ。もう着ているではありませんの」 「こ、これは下着ではないのですか!」レースにこすれて、どんどん乳首の形がはっきりしてくるのが自分でもわかって、エイリークは両腕で胸と前を必死に隠そうとする。 「んまあ、隠さないでくださいな! 見えないではありませんの!」 「だって、そんな、恥ずかしい」 「少し地味ですかしらね」ラーチェル様は、ぐるぐる回って考えている。「こんなに長いよりも、やはりもっと短い方が......」 「じみ!?」エイリークは身をくねらせて、鏡とラーチェルの視線から逃れようとする。 「さ、では次のを着てみてくださいな」 「きゃっ!!」つかまって、夜着を脱がされ、あっという間に素裸にされてしまったエイリークは胸を隠してしゃがみこんだ。「あ、あ、あの、ラーチェル!! 先に、下着をつけさせてください!!」 「ああ、忘れていましたわ」けろりとして、自分だけはさっさと服を着ていたラーチェル様は、はい、と下着を渡してくれた。 慌てていたエイリークは、ろくに見ずに下着をつけ、立ち上がって、またもや失神しそうになった。小さな空色の三角形が、はっきりと透けて見えている!! 全然、隠れていない!! 「ラーチェル!!!」 「なんですの。はい、次はこれですわ」 「し、下着を、あの、わたしの下着をください!!」 王妃様は眉を寄せて首を横に振った。「だめだめ。あんな分厚い布が、レースの上から透けていては、興ざめですもの。夜着にあう下着でなくては、意味がありませんわ」 「そんな」たしかにいままでにもレースの下着をもらったことはあるけれど、これはレースというより、まるでかすみ網のよう...... とにかく、早く終わらせてしまおう、とエイリークは2枚目の夜着を頭からかぶった。が、いっこうに脚に布のかかる感触がないので、おそるおそる見おろすと、超ミニの夜着は、下着が隠れる(と言っても、レースなので透けているのだが)すれすれの長さしかなく、丸いおしりも下半分がぷるんと出てしまっていた。 「きゃー!!!」王女は叫んで両手をうしろに回したが、その結果、胸をはる格好になり、前裾がつんとあがって、今度はほんのりとサファイア色のけぶる前が、あらわになってしまった。「いやあ!!!」 「やはり、このくらい刺激的な方がよろしいかしら。あなたが悲鳴をあげるくらいなら、エフラムもそれなりに喜んでくれそうですわね」ラーチェルは冷静に考えこんでいる。「でも、少し子供っぽいですかしら? どう思いまして、エイリーク?」 「あ、あ、こ、こども」は、こんなもの着ないと思う...... エイリークが言葉につまっていると、ラーチェルは誤解したようだった。「まあ、やっぱり! ええ、脚を丸見えに、というのは子供っぽすぎますわね。長い裾から脚が見え隠れする方が、おとなの魅力を出せるというものですわ」さあさあとエイリークを裸にし、最後の一枚を突き出してきた。「これも長い夜着ですのよ。一枚目のはレースでしたけれど、布のもためしてみようと思って、持ってきてみましたわ」 レースではないのですね、と安心した姫君が夜着を広げると、それはまるで一本の帯だった。王女は困惑した。「あのう、これはどうやって着るのでしょう?」 ああ、と王妃様はうなずいて、エイリークの左肩にその帯をかける。「こうして、広げて」どうやらワンショルダーのドレスらしい。右肩がむき出しであるばかりか、右の乳房も下三分の一がやっと隠れている状態だ。 「あの、あの」 「両脇を合わせて、リボンで留めれば、ほら! あら、これはすてきですわ!!」 腰の上で前後の身頃をリボンでつないだだけなので、両脇はほぼ総スリットだ。足首から膝、ふともも、そして美しい腰骨。すべてが真横から丸見えであるばかりか、がらあきのわきの下からは、ふっくらとした乳房まで、ちらちらと見え隠れしている。 「そ、そう、ですね......」もじもじと身体を動かすたびに、布とはいうものの、透き通った紗がひらひらと動き、スリットの脇から、艶やかな白い脚が腰の上まで飛び出してしまう。レースの時より、むしろ模様がない分、この紗の布の方が、乳首の色も形もはっきりと透けて見えていて、恥ずかしくてたまらない。へたに前かがみになろうものなら、右胸がこぼれ落ちてしまいそうで、どうしていいかわからない。 「ええ、これに決めましたわ!」ラーチェルの声に王女は、これでやっと脱げるとほっとしたが、安心するのは早かった。「それの上に、このガウンも着てみてくださいな」 「これ、ですか?」すけすけが大好きなラーチェルにしては、ずいぶんしっかり厚みのある布である。 意外そうにしているエイリークに、ラーチェルは、ほほほ、と笑った。「プレゼントの基本ですわよ、基本。包みをほどく楽しみというものがあるでしょう? あえて、しっかり身体をくるんで見えないようにしておいて、ここぞという時にそのガウンを脱いで、見せつけてやるのですわ!!」 プレゼント? おあずけではなかったのかしら? 笑いそうになりながらも、身体を隠せるのは嬉しいので、エイリークは素直にガウンをまとった。ふわりとしたマントのようなガウンにすっぽりと身体をくるみ、首の下にリボンを結んで留めると、たしかに美女の包みに見える。 長く垂らした青い髪をちょいちょいとひねってレースのリボンで結び、可憐な薔薇の花をさして、ラーチェル様は手を叩いた。「完璧ですわ! これにしますわ!!」 「そ、そうですか。決まって良かったですね」エイリークは王妃のために喜びながら、おずおずと言った。「あの、もう脱いでもいいですか?」 「あら、だめですわよ!」王女の手をぎゅっと握り、ずんずん歩き出したラーチェルは、居間に続く扉をばーんと開けた。「ほーら、できましたわ!」 「え?」 きょとんとするエイリークの眼の前に、床に坐りこんで積み木遊びをしていた子供たちが駆け寄ってくる。 「うわあ、おかあさま、きれいー!!」「きれー」「ふわふわおねま!!」「おねま」「ラーさま、アイリスも、ふわふわのおねまがほしいです!!」「ぼくも!」 「ど、どういうこと......ラーチェル!!」真っ赤になって、ふわふわのガウンをかき寄せ、義姉を振り返ると、王妃はけろりとしている。 「だって、つまらないでしょう、母の日と同じ趣向なんて」 「ははのひ......」エイリークは思い出して、あっと叫ぶ。今日は父の日! ゼトの名前を刺繍したスカーフを贈ったり、夫の好きな料理を用意したりしたけれど、母の日に子供たちがくれた"プレゼント"のことをすっかり忘れていた。「まさか、これは」 「ええ、子供たちに頼まれましたのよ。お母様にリボンをかけてお父様にあげたいから、レースの帯を貸してほしいとね。でも、それではつまりませんから」ラーチェルは、にっと笑った。「わたくしがお母様をうまくだまして、気づかれないように、きれいな包み紙で包んであげると言いましたの」 大成功ですわ、と王妃様は子供たちに威張っている。「ラーさま、すごいです!」「すごいー」「おーっほっほっほっほ!」「おかあさまをだますの、じょうずです!」「じょうず!」「ほっほっほっほっほ!!」 エイリークは慌てた。「ちょ、ちょっと待って! もうすぐゼトが帰ってきますのに、こんな、早く着替えなくては!」 「んまあ! 何を寝ぼけたことを言ってるんですの!」ラーチェルが呆れる。「苦労して着せましたのよ! 将軍に見てもらうまで、着ていなさい!!」 「ラーチェル!!」 「さあさあ、あなたたちはミカエルと一緒にお食事をしにいきなさいな」 「はあーい」「はあーい」 「今夜はお母様たちのお邪魔をしてはいけませんわよ」 「はあーい!」「はあーい!」 「ラーチェル!!!」エイリークは途方にくれる。「あのっ、これはあなたの夜着ではないのですか!? あなたが着るのでしょう?」 「まさか」子供たちの背中を押して戸口に向かっていた王妃様は、あっけらかんと振り返る。「地味すぎますもの。それ、全部、さしあげますわ。地味とはいえ、ロストンの最新流行の夜着ですのよ」 エイリークはもう何も喋れない。地味! これが!!! ラーチェルが扉を振り返った。「あらあら、旦那様のお帰りですわ」 部屋の外に飛び出していった子供たちの声が聞こえてくる。「おとうさま、おかえりなさーい!!」「おかえりなさい」「ただいま。いい子にしていたか?」「アイリスは、いつもいいこです!」「ぼくも!」「はは、そうだな」「アイリスたちが、ちちのひのプレゼントに、おかあさまをあげます!!」「おかあさま、きれい!」 「さ、わたくしも部屋に帰って、うんと派手な夜着に着替えなくては。エフラムをぎゃふんと言わせて、またケダモノに戻してやりますわ!」王妃様もにっこり笑って出て行ってしまう。 エイリークは広い居間にぽつんとひとり、頼りなく、取り残された。 どうしよう。どうしよう。 男の足音が近づき、扉が大きく開くのを、空色の姫君は小さな手を胸の前で組み合わせ、どきどきしながら見つめているしかないのであった。 |
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| 姫騎士戦記 |
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